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いろいろな気持ち
治療の経過や術後のことは、また綴るとして。

今日は、入院中の出会いについてヽ( ´_`)丿
入院した時から手術当日までに、めまぐるしいほど、色々な人に会いました。

病棟科長(看護師)さん・担当看護師さん・術前処置をする看護師さん・手術を担当する看護師さん
・・・とにかく看護師さんのパレード・・・そして、主治医と手術を担当する医師・・・他にも麻酔医・・

産婦人科・婦人科・新生児室のフロアだったという事もあるのでしょう
麻酔医を除くすべて女性で構成されていました。

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更に術後のケアを担当してくれた 看護師さんはシフトで変わっていくので片手では収まらず。
方々の皆様に助けて頂きました。
そうそうお部屋をきれいにしてくれる掃除の方もいます。

術後、動けるようになった状態で入院生活をしてみると、こんなにも快適な場所を頂けることに有り難かったです。
ごはんを配膳してくれるし、健康状態を見てくれるし、胃が痛いといえば薬が届くし、トイレはきれいですしね。

また良くも悪くも、看護師さんのそれぞれの能力(個性)がいろんな助けになりました。

外来の診察時は、あまり良いことがありませんでしたが、
入院中、話を交わせるようになると気持ちが軽くなっていくことが多かったです。(*’U`*)

ある看護師さんは、更年期の症状(治療の副作用が強く出ている)がつらいともらすと、自分の体験を話をしてくれて、良い薬があるから退院前に担当医へ相談するとよいと助言してくれました。

また、手術室の担当看護師さんが麻酔の状態を聞き取りにきてもらった時に、おそらくは話違いだと思える自分の筋腫の話だったり、手術台での恐怖や不安をとりとめなく話す私に対して、穏やかに聞き、ゆっくりと返事を交わしてくれました。

20190615_125822.jpg

おそらく ひとまわり以上も年下の彼女ですが、その達観とし凛とした姿勢に安心したと思います。
そのときに 書きとどめていた言葉に

『静かに淡々と語る声に、自分の道が明るく軽く感じ、彼女の思いやりがうれしかった』 

立派な看護師さん達のお話は つづく。






【2019/06/15 14:24】 | 子宮筋腫 | トラックバック(0) | コメント(0)
私の子宮筋腫
術後16日目。
体力・気力の回復を感じるんだけど、すぐ疲れる。

今日は、私のお腹にあった筋腫について

                                 (執刀した医師により説明を受けたときのイラストを元にしました)

摘出した物は、ボーノぱぱ(主人)が見たそうです。
Aの大きさが、子供の頭(メロンぐらい)に、6~7㎝のコブが2つ、他に小さいコブがあちらこちらにと言われ、
Bの部分は有茎性漿膜下筋腫と言って、子宮から生えてるんですね。
重さは、600gと聞きました。

半年の治療後で、この状態だったわけですから、未だに何もしていなければ私のお腹はどうなっていたのでしょうね?

ざっくりですが、ここまでになった経過を。
30半ばで、健康診断により筋腫を発見、この時にすでに3~4つはあったが、それぞれ数ミリのサイズ
もともと 過多月経・月経痛 あり。
過多月経ですので、貧血は仕方がないと思い経過観察のままでいました。

40歳を超えたあたりから、健康診断の貧血は治療レベルまで上がってはいましたが、無自覚でいたため放置ですね。
もはや過多月経であるから、女性は貧血である。。。みたいな開き直り。

45歳くらいから、仰向けになると下腹部に重みを感じるようになる。
明らかに貧血が原因と思われる 息切れ・疲れやすい・息苦しい(息を吸っても入っていかない感じ)とある。
相変わらず過多月経であったが、月経痛は感じにくくなった。

現在49歳(今月で49歳になりました~)
3年前くらいから腹部がぽっこりとしてきた・・・年齢のせいもありウォーキングと軽い腹筋をしたが解消しない。
1年くらい経つと、みぞおちあたりまで ぽっこり
最近・・・太ったと感じる・・・自分のベスト体重よりも3~4㌔は重いし、服のサイズが合わなくなった。

また月経前1、2週間は、お腹が張って苦しく、そのときの様子は、まるで妊娠5ヶ月なふくらみであった。
過多月経・ 息切れ・疲れやすい・息苦しい・・・
おそらく筋腫のせいだと思われる症状に、左足の力ぬけ(一瞬のことなので転ぶことはない) 右足のしびれ・・・

MRIで確認した医師は、便秘や腰痛があってもおかしくない と話す。
便秘は無かったのですが、腸の中をガス(おなら)がポコポコ移動しているのが、はっきりわかった。
腰痛ではなく、仰向けに寝ると背中が痛くなりやすかった。

医師に言われたことに、年齢的に過多月経である時点で問題だったらしい。

 自分が10代20代のころに 過多月経・月経痛 で、気軽に病院に行けるところって・・・。
 わざわざ そのくらいで病院に行くって感じでも無かったような・・・。
 今は、女医さんも増えたし、婦人科だけのところもあるので、行きやすくなったよね。

私の場合は、大きく大きく育てすぎました (-"-) ここ2年くらいですがね。
そんなわけで、摘出に至ったわけです。



【2019/06/14 14:13】 | 子宮筋腫 | トラックバック(0) | コメント(0)
全身麻酔と硬膜外麻酔
術後15日目に。
ここ数日、体調の変化が続き、 ようやく戻ってきた気力です。




人生において2回目の全身麻酔でした。
最近の麻酔事情はとても優れているらしく 人によってはパタッと寝て、ハッと起きるみたいな・・・しかも良い夢がみれるような麻酔らしいのです。
そして、硬膜外麻酔という術後の痛みを自分で緩和することができるという措置をしてもらうことに。

やっぱり『痛い』のは、嫌ですから・・・

ところがですね・・・硬膜外麻酔は、手術台で意識がはっきりしてるときにしてもらうので、恐怖と不安に耐えるのです。
もちろん、耐えられない痛みじゃないんですよ。
痛みがMAX10だとして、2程度・・・最初のチクリとしますよ~の後は、麻酔が入るので、痛いよりも何か押されてるような・・・たまにびりっとしたり・・・ 冷や汗が出ちゃいました。
ん~ それに、麻酔医師の声掛けが怖かったので、もう少しやさしく言ってくださいって感じ(ー_ー)!!

それにしても手術を受けるまでに、いろいろすることがあり挫折しそうだった。
点滴ラインは左手でうまくできず、右手になったし・・・私は始めから右手にしてくださいと話をしたんですよ~もしくは手の甲とか・・・これまでの採血や点滴の経験で・・言ったつもりですが、看護師さんは、がんばりたいお年頃だったようです。

手術室へは歩いて行き、手術台にも自分で登り横になったので、扉の開閉ボタンが足で行ってることや、いくつかの手術部屋があったり、異様に明るい音楽が流れていたりと、ドラマで観るような光景が目に飛び込んできました。

そんな面白かった記憶は術後しばらく思い出せないほど、不調に突入しました(-"-)

術後の私って、こんな感じ

1-20190613_142412.jpg

この他に、尿に管でしょう。
酸素でしょう。
(手術中は、もっと付いていましたが・・・・)

全身麻酔は抜けてきたと思うのに、まったく意識がはっきりしてこないし、吐き気はあるし・・・お腹が痛い腰が痛い・・・『痛いときに押しましょう』という硬膜外麻酔は、押せないし・・・。
----実は押すコツが分ってから、何度か押していたようです。 どうも?時間的な感覚も分っていない状態で『痛い』⇒『押す』を繰り返していたようにも思います。----

ナースコール・・・助けて頂きました。
コールボタンを押しても、辛くて話せないので、看護師さんがすぐ来てくれるんですが、それでも話せないのです。
話したくても、口を開くことも、だるいし、声も出せないほどでした。
それでも、幾人かいた看護師さんのなかには、『○○さん どうしました~。 あれですか? これですか?』と聞いてくれることに、救われていました。
こんなにも介助されて、うれしかったことはありません。

硬膜外麻酔の影響なのか、 術後の体力消耗が激しかったのか? 
私はふらふらで術後スケジュール通りに回復できませんでした。

手術翌日のお昼から ごはんが食べれるんですが・・・座ることも 起きてることもできずに ふらふら&吐き気 辛くて・・・・
ひとりでトイレに行けるタイミングでも看護師さんの付き添いが必要なほど、ふらふらのままでした。

あまりにも体調が戻らないので、硬膜外麻酔を止めて、点滴(痛み止め)へ切り替わりました。

術後2日目から普通の食事になるんですが、全く食べる気力が沸かずいました。
とても面倒見の良い看護師さんが一口でも良いからと言われたのでお味噌汁を一口飲んだという感じです。

ここで、硬膜外麻酔は外しました。
その日の夜ごはんも同じく食欲は無く、まったく喉を通らないのです。

もともと具合が悪いときは、食事がしにくいので、果物のゼリーをボーノぱぱに用意してもらっていたのですが、口に入れてみても飲み込みたくない、飲み込めない状態でしたね。

ボーノぱぱ(主人)が、そんな私を見かねて、翌日に姉と母に来てもらことをお願いしたほどです。

結局、家族の支えって 偉大なんですね。
姉が買ってきた檸檬シャーベット(母の薦めです)を食べて、母に体を拭いてもらい その頃にはだいぶ体が軽くなっていました。

食べれるようになったとはいえ、出された食事の十分の一も食べていないため、術後4日まで点滴生活になりましたが、
ある看護師さんは、私が食べれそうな物に献立を替えて頂いたので助かりました。
(偏食ではないんですよ・・・体調が悪いと食べれないものが増えるんです)

とにかく食べない私のためにボーノぱぱも夕飯の時間に間に合わせて、あれこれ買って面会に来てくれました。
(いつもは、お仕事の時間なのにね)
体調の悪いときは、家族の時間って 大切ですね。

-----------
実は母と姉が来る日(術後3日目)の朝、 胃痛に襲われていました。
昨日から痛み止めは錠剤になったのですが、薬の影響か? 胃が弱っているのか?お腹が痛いのが原因か?
とにかく、胃薬が処方されるまで胃痛に耐えておりました。



【2019/06/13 16:47】 | 子宮筋腫 | トラックバック(0) | コメント(0)
手術を選んだこと。
昨日の午後から体が少し軽くなりました。
今日は、PCにむかえるほど気力がでております。

さて、そろそろ 何が?って 感じなので綴っておきます。

5月29日(水) 午後より
病名:多発子宮筋腫により腹式子宮全摘出術+両側卵管切除術を受けました。
-----術後10日目です。

『子宮筋腫』を持っている方は多いようですね。
今回の入院で、私もあります。とか。。。意外と子宮にトラブルを抱えてる女性が多いことを知りました。
通院もしていたので、同じような治療中なのかな?と思う方もいました。

私が、『手術』を受ける事を選んだ理由は、大きく2つ。
・貧血の改善
(医師が大きな出血が起きたら、輸血が必要となる状態と言われた)
筋腫が大き過ぎて血栓などのリスクが高い
(下肢に力が入りにくい、冷えるなどもある)

40代後半なので、温存したいと思えば閉経逃げ込みなんていう表現もあるように
月経を止めるという治療を数年続けるのです。

すでに、筋腫を小さくするためにリュ-プロレイン注射を受けて治療中でしたが、回数を重ねるごとに
更年期症状が強く出て、つらいなぁ~と感じていました。
私にとっては、リュ-プロレインの治療は、外科的な治療がゴールだと思っていましたが、止める選択も医師からはありました。

・・・・でもね。
最初のMRI画像を見るたび衝撃的すぎて温存が良いのか?わかりませんでした。





MRIの画像あります。
赤線あたりが、ヘソの高さです。
一番 大きなところの縦断面です。

20190608_113511.jpg

ここから半年の治療で、へそ下で納まる大きさになりまして、摘出と至ったわけです。
医師は、大きくなった筋腫が閉経で劇的に小さくなることはないと言われました。
治療をして、ようやく小さくなったといえど、私の子宮は本来の形も役目もなさずにお腹に居座って、あらゆる不調を起こす原因をつくるのです。

50歳に向う私は、この将来をアクティブに過ごしたいので 手術をして健康を取り戻す努力をしているところです。






【2019/06/08 11:55】 | 子宮筋腫 | トラックバック(0) | コメント(0)
これから犬と暮らすために
犬を迎えるにしても、元気に過ごせないと飼うことできないよね。
・・・ボーノを迎えたときは、たしか・・・30歳だったので、勢いだったと思う。
まっ。 それも好し言える年代だったし

これから 迎えようと考えている私達は、ちょっと つまづく事がある。
つまづく程度だけど、ここをクリアにしないと 前に進んではいけない感じなのね。

先日のGWに、まだ元気にしている友達のワンコとアッサムで、のんびり公園で過ごせました。
のんびりと 今は、そこにいないだけのワンコ達の話をしながら過ごせるのは、自分にとって最高の時間だと思う。

また、こうして のんびり過ごせたら楽しいです。

1-20190503_132638.jpg

ちなみに。 
どうゆうわけか? 誤解を生じてるようなので申し上げておきます。

連絡をしないとか
逢わないとか
だから 友人じゃないと思ったことは一度もありません。

それぞれの人生を歩む上で事情というものができると思う
そのときに必要な縁だってある。
もしかすると10年逢わなくなることだってあるかもしない。

それで、友達じゃないと思わないんだけどね。

ただ・・・・きまぐれな私でごめんね。


【2019/05/08 12:19】 | ボーノままのひとり言 | トラックバック(0) | コメント(0)
なんて早い睦月
あの子たちが不在になり、年単位の月日が流れている。
あの子たちの事を想うと、楽しさと・・・・逢えない今に、涙する。

1月は、ボーノとラテの誕生日月。

先日、ラテの兄妹が去ったことを知った。
ラテの系統は、オスもメスも「気難しさと甘えた」の気質だったと思う。
自分にだけに分かる視線に甘々になっちゃうんだよね


20130126_184858_7_bestshot.jpg


10歳を迎えた時に このアイテムを作ってくれた友人がいます。
本犬たちに似すぎていて、この大切な品は、いつも リビングから見えるところに飾っています。

昨年、友人の犬に逢いました。
そのときに出会った犬が・・・・ボーノに似ていまして・・・似ていないという人もいましたが。
カーミングシグナルのポーズが似ている=遺伝子的に同じでは?と感じたほどです。
それから、んー。
良し悪しですが、やはり そのブリーダーを探すべきなのでしょうか?(笑

厄介で愛くるしい気質の 血筋にあったほうが楽しいだろうな~。困ったな。。。
【2019/01/28 12:31】 | ボーノままのひとり言 | トラックバック(0) | コメント(0)
そうだったの
簡単登山だからって一緒に登ってきたのが乗鞍岳。

日本一標高の高いバス停で降りて、残り400mを登るコース
貧血のため、登るという行為はきついのですが、休み休みトライしてきた。

20181003_104847 (1)

登り慣れている人は、味気ないほどの高低差のようですが、私には十分楽しめる登山。

紅葉もきれいで、空気も澄んでいた、そういった景色のなかに居ると自然と心に湧き上がる思い(ボーノとラテもいたらな)
私は、そう感じた時は言葉にしたり、楽しかったときの記憶を辿る。 たまには涙もするかな(笑

ボーノぱぱは、これまで・・・特にラテの一周忌も難なく 時の流れに逆らわずに過ごしていたのだが・・・先日、ペットロスについて話していたら、「自分はペットロスだ」と言った。

つくづく思う。
ボーノぱぱは自分の気持ちを表現するのが下手すぎる。
いや・・・んー 蓋をするのが上手なんだな・・・。
【2018/10/08 15:29】 | ボーノままのひとり言 | トラックバック(0) | コメント(0)
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enjoy with a dog 


犬は家族です。〔ごちゃまぜっcaffe〕

プロフィール

ボーノまま

Author:ボーノまま
ボーノ達が元気な頃はディスク・フライボール・アジリティ・エクストリームに参加し、現在はシニア犬ラテと他愛のない日常です。

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